謎のカダルーリレー小説 これまでのおはなし(笑)
1: 『LOVE
ME TENDER』 |
LONE WOLF
わたしは、自分の職務に誇りを持っている。 表舞台で華やかな脚光を浴びることもないし、子供から尊敬と憧れの目で見られることもない、いわば裏の稼業だ。たとえ任務で命を落としても家族に死亡見舞金が出ることもなく、それどころか自分がこの会社に所属していた事実すら抹消されるだけだ。それなのに、一度配属されたら一生そこから抜け出ることもかなわず、「死」をもってしかメンバーからはずれることができない。 任務は成功完遂が当たり前、それで報奨金はおろか褒め言葉すらもらえないような日常だった。上司の気まぐれに労いの言葉などかけられようものなら、明日には「帰れる見込みのない任務」が用意されているのではないかと内心怯えたことすらある。 常に死と隣り合わせの緊張した日常。狙うこともあれば、狙われることもある。そうしていなくなっていった同僚もいる。数えてもきりがないので、早々に数えることを諦めた。むろん、仲間を失うことが平気なわけはない。それはわたしに限ったことではなく、仲間の誰もがそう思っていた。任務完遂も大事だが、生きて帰ることも大事だ。だから、協力の手は惜しまない。 どんなに無茶な任務を言い渡されようと、己の経験と勘と実力と、そして仲間との協力があれば乗り越えられると信じ、そして生き延びてきた。 我々は唯一無二の仲間。苦楽と生死を共にした、大切な仲間。 あらゆる情報を、そしてあらゆる喜びと悲しみを共有してきた、もしかしたら自分自身よりも大事だと思ってきた、仲間達。 そして、我が主人。彼が幼き頃よりお側でその成長を見守ることのできた幸運と誇りは、彼が長じて我々の上司として君臨しても変わることなく、それどころか上に立つものとしての責任と矜持とそして自信とをきちんと兼ね備えた彼に、我々は救われたことすらある。彼の下で働けることは至上の喜びだった。 たとえどんなに過酷な任務だろうと、そのせいでどれほどに命が危険にさらされようと、上司と仲間がいればつらくはない。長いか短いかまったく見えないが、この先の人生をいつまでも彼らと共に歩いていける自分は幸福だ――― そう思っていたのに!!!!! 「もうわたしは、誰を信じたらいいのかわかりません……」 「大げさだな、ツォン。まあ飲め」 「いただきます」 そう言うと、ツォンはグラスに注がれた茶色の液体を一気に飲み下した。 「うーん、やっぱりウータイ茶は美味いですね! ヴェルド主任、もういっぱいください」 「ああ、どんどん飲め」 貴重で高価なウータイ茶を、こんな味のわからないヤツに出してたまるものか。おまえにはチョコボファームの兼業で生産されているチョコボ用の野菜を乾燥させたヤツを煮出した汁で充分だ! しかし、ホントにぐいぐい飲んでいるな。腰痛に効くとかいうから自分でも一口飲んでみたが、とてもじゃないが人間が飲めるようなシロモノではないと思うのだが……。 「で、何が信じられないって?」 と真顔でツォンに聞き返しつつも、その本心は「むしろ信じられないのはおまえの味覚だろう」と突っ込みたい元タークス主任ヴェルドである。 「ルーファウス様ですよ! それに、レノもルードもイリーナも!」 「ああ、思念体の件か」 「なんで主任がご存じなんですか!」 「……ご存じも何も、ついこの間おまえがここに来てさんざん愚痴っていったじゃないか」 「そうでしたっけ? さすがヴェルド主任ですね。わたし自身よりもわたしのことを覚えていてくださるなんて」 いや、それは違うだろう。 今も昔も変わらずヴェルドに心酔しているツォンが子供のようにきらきらした目で自分を見るのに、とっくに一線を引退したヴェルドはがっくりと肩を落とした。 「とにかくいちばん信じられないのはルーファウス様ですよ。いくら今は敵ではなくなっているらしいとはいえ、いったいいつその本性を思い出して大切なお命を狙うかもわからない思念体ですよ!? だのに、そんなヤツにわたしが精魂込めてお作りしたスペシャルオムレツをご自分と同じフォークで『あ〜ん』と食べさせてあげたり、2人で仲むつまじく散歩に出かけたり! 何をお考えなのか文字や計算を教えたりしているんですよ」 一人っ子でカンパニーの跡継ぎとしてスポイルされて育てられたルーファウスが、他人の面倒を見ているというのか。そこになんの打算がはたらいているのか知る術もないが、バカップルぶりと合わせて考えるに、一対一での他人との関わりというものに興味を持ち、のめり込んでいるのだろう。彼の育った境遇を考えれば、様々な不遇を乗り越えて今になってその当たり前の幸せを手に入れることのできたルーファウスに、ヴェルドは祝福すら覚える。 思念体が本当に害意を持っていないのであれば、それは歓迎すべき事柄だ。 ―――が、ツォンにとってはそうではないらしい。 「レノ達もあいつの存在を不審に思わないどころか、勉強の面倒を見たり、他にもかまってやったりしているらしいし。あいつらに世界を壊されそうになったことを忘れてるんじゃないですかね!」 ぷんぷんしながら野菜の煮出し汁を飲み干し、お代わりを要求する。こんなもので良かったらいくらでも飲め。通販で取り寄せたはいいものの、あまりの不味さに飲むこともできず棚の場所ふさぎだったのだ。フェリシアもいいチャンスとばかりに気張って"濃いめに"煮出している。漢方薬のような特有の匂いは汁自体を冷やすことによってかなり軽減されてはいるが、それでもかなりのものだと思うが、ツォンはこれをウータイ茶と信じて飲み続けている。何度も言うが、信じられない味覚だ。 「おまえ、よく今まで毒殺されずに生きてきたなあ……」 と、妙なところで感慨に耽る。 ぶつぶつと愚痴り続けるツォンに、ヴェルドは話を戻した。 「しかし、その思念体が敵ではないというなら、ルーファウス様もお幸せそうでいいことじゃないか」 「それはそうなんですが……主任、どうしてルーファウス様が幸せそうだとご存じなんですか?」 「ご存じも何も、メールが」 「メール?」 片眉を寄せたツォンが疑わしげな目つきでヴェルドを見た。 何か地雷を踏んだか、と少しばかり躊躇いながら、ヴェルドは自分の携帯電話を取り出してツォンに見せた。 「思念体のカダージュとはメル友なんだ」 な、なんですとーーーーー!!?? 「しゅ、主任までもがあの思念体と仲良くメール交換なんてしてらっしゃるんですかあ?」 半べそをかきながらヴェルドを見るツォンは、いよいよなさけない。 「ルーファウス様があいつに携帯をプレゼントしてやったら、喜んでレノやルードやイリーナとメルアドの交換なんかしてやがったんですよ。わたしにも言ってきたんですが、きっぱり断ってやりましたよ。そうしたらヤツはタークスだけじゃなくてエッジのクラウド達のところまでもでかけてメル友仲間になっていやがって、楽しそうにわいわいメールで遊んでたりして、わたしだけ仲間はずれになっていて……そのうえ、主任までヤツの仲間だっただなんて……」 「ツォン、言っておくがリーブも仲間だぞ」 「部長までーーーーーーー!!!???」 いよいよショックで呆然とするツォンを見ながら、ヴェルドは複雑な心境だった。 この元部下はあまりにもタークスであることに真面目すぎていたのだ。盲目的に慕っていた私が逃亡同然にタークスを抜けたあと、私を模倣するような主任であろうとしたのだろう。タークス主任としての理想を追うあまり、自分自身に対しても頑なにその理想を押しつけた。 それはルーファウス様に対しても同様で、おそらくはルーファウス神羅という個人ではなく、神羅カンパニーの跡継ぎ・社長としての彼を育てることしか眼中になかったのだろう。ルーファウスという青年は外見も能力もその肩書きに見合ったものを備えていたから尚更だ。ツォンにとってはルーファウスはカンパニー総帥として理想的だったに違いない。 それが、よもや人間ですらない男にのめりこみ、肉体関係まで持つようになるとは信じたくない、目を背けたい事実だろう。しかもその事実を関係者の殆どがあからさまに知っているということについては、もはやツォンの心境を想像することもできない―――というか、想像したくない。 アルテマと追加効果「かなしい」を同時にくらってうちひしがれてテーブルに懐いていたツォンが、ガバリとその顔を上げた。 「いいです! わたしはタークス主任なんですから、たとえひとりになってもルーファウス様をお守りするのがわたしの任務! たとえそうやってわたしひとり仲間ハズレにされたって、淋しくなんかありません! ええ、淋しくなんてありませんとも!!」 中空を睨み、片手をぐーに握りしめて宣言しているようだが、明らかに強がりだ。 「ルーファウス様があの思念体といちゃいちゃしようがラブラブしようが、ひ、昼間っからいかがわしい行為に耽ろうが、そんなのちっとも、ち、ちっとも……」 ツォンよ、鼻水が垂れてるぞ。 ヴェルドの目配せで、フェリシアがこっそりとトイレットペーパーをツォンの前に置いた。一度大きな音をたてて鼻をかむと、ツォンは気が抜けたように再びぐったりと椅子に座り込んだ。 「ルーファウス様……どうしてあんなやつと……あの思念体の、どこがいいんでしょうか……」 「テクニックとちんちんじゃないか」 ツォンが握りしめたグラスが砕け散るのと、フェリシアが洗面器の底でヴェルドのアタマをはたき倒した音が同時に響いた。 おしまい
(2007/2/23up) |