この話は、LoftRoomさまの「LOVE
ME TENDER」の続きとして書かれた「Intermission」のカダージュ版です。先に本編及びルーファウス版をお読みいただいた方がお楽しみいただけると思います。 なお、この話は「カダ×ルー」及び「レノ→ルー」前提ではありますが、ルー様本人は欠片も出てきませんので、あらかじめご了承ください。 |
Intermission Part2
さわやかな朝だった。 ここヒーリンという土地はミッドガルとカームからほぼ同じぐらいの距離に位置している。気候的には安定はしているが、土地柄のせいかすっきりと晴れ渡ることはあまりない。ミッドガルほどではないにしろ、雲が多い場所ではある。 それが、珍しく今日は雲ひとつない。心なし普段より深めの青が広がる空を、レノはトイレの窓からのぞき見あげていた。 「いい天気だぞ、と」 天気がいいとなんとなく嬉しくなるのは子供でも大人でも同じである。ましてや、今日レノは休暇をもらっていた。昨夜、ルーファウスがタークス全員に一夜の休みを言い渡したとき、レノとイリーナにはさらに一日の休暇を許可したのだ。 カンパニーがあった頃には不定期ではあるがタークスにもちゃんとシフトというものがあり、休日もあった。しかし、メテオ災害後はそんな悠長なことをいう余裕などなく、生還したルーファウスの指示の元に連日世界中を飛び回っていた。メテオが墜ちる前もそのあとも、世界にとってかけがえのない人物であるルーファウスは、星痕を患ってヒーリンに隠ってからも仕事の量を減らすことはなかった。むしろ生命の存続に期限がついてからは、仕事の範囲も量も加速度的に増えていく一方だった。 そんなルーファウスの仕事の補佐をするのも、そして体調の思わしくない毎日の日常生活の世話をするのもタークスの4人だけだった。当然のような人手不足に愚痴をこぼすことはあっても、ルーファウスの全面的信頼を得ているという満足感は報酬として充分なものであった。 先日の騒動で、世界から星痕症候群が絶滅した。一般民衆にとっては、どんな事件が起きてその結果なにが変化したのかということはまったくわからないだろう。ある日いきなり廃墟となっているスラムの教会に泉が湧き、ほぼ同時に降り注いだ雨によって洗い流すかのように星痕の痣と痛みが消えた。 まるで奇跡だとしか、人々の目には映らない。 それはメテオ災厄も、ジェノバ戦役も、さかのぼってジルコニアエイド事件の時も同様だ。事件はいつもルーファウスと、彼によってかかわるように配置された一握りの関係者によって解決を図られていた。 エアリスの奇跡発動のスイッチを入れたのはクラウドの行動であり、それはすなわちクラウドをそそのかしたルーファウスのなせる技だった。それがルーファウスの意図するものではなかったにしろ。 ここ数年に渡り幾度も破滅の危機を迎えているこの世界は、ルーファウスのおかげで救われているのだと言っても過言ではない―――レノはそう考えていた。 「んーーー、なにしようかなー。まるっと休みなんて久しぶりすぎて、どうしたらいいか迷うんだぞ、と」 トイレのついでにシャワーを浴びる。熱めの湯が全身を叩き、少し寝ぼけていた細胞を活性化させる。 「クラウドみたいにバイクでかっ飛ばすか。それともエッジに遊びに行くか。イリーナ誘っても断られるだろうなー。ティファんとこ行ったらルードが怒るかなー」 もらった休暇は一日だけ。明日はルードとツォンが休む予定になっている。が、ツォンがおとなしく休暇を享受するかどうかはアヤシイもんだと践んでいる。 「ツォンさん、社長のお守り役なところまでヴェルド主任の後を引き継いでるからな」 ガシガシと乱暴に赤い髪を洗いながら、レノは笑った。 今日の行動を決めあぐねながら、大雑把にしか拭かなかったバスタオルを腰に巻き、冷えたビールの小瓶をラッパ飲みしつつ着替えをしようとベッドルームに戻ると。 まったくもって予想外の客がそこにいて、レノは思わず手に持っていたビール瓶を床に落とした。 「おっ、おまっ、なんでここに!?」 寝乱れたままのぐしゃぐしゃのシーツに偉そうに座っていたのは、つい先日クラウドに倒されて昇天したはずの銀髪の思念体の少年。 「おまえ、死んだんじゃなかったのか? それともユーレイか? 化けて出るんなら俺んとこじゃなくてクラウドのとこだろ?」 なぜだか少し悔しげな表情を浮かべながら自分を見上げるカダージュに、レノは矢継ぎ早に質問する。思いがけない事態に焦ったのは自分が全裸に近い無防備な状態だったからで、相手に攻撃の意志のないことが確認できさえすれば実体だろうが幽霊だろうが思念体だろうがそれほど怖いものではない。カダージュはふんぞりかえってはいたが、そのオーラはけっして攻撃的なものではなかった。 「教えて欲しいことがあって来たんだ」 「ふーん。なんだ?」 「セックスってなに?」 ぶっ!! せっかく拾い上げたビール瓶をバスタオルで拭って再び口にした途端、あまりのことに吹き出した。 「は!? わりぃ、もっぺん言ってほしいぞ、と」 吹き出したビールがわずかにかかったからか、それとも質問をちゃんと聞いてくれなかったと思ったか、カダージュは先ほどよりも憮然としながら、それでも先ほどよりもはっきりとした声で再度レノに質問を繰り返した。 「セックス、ってどういうこと?」 やはり聞き間違いではなかった―――レノは自分を見据えるカダージュの姿を視界におさめつつも、この現実から逃避したい自分を抑えきれない。 こんなにさわやかな朝なのに。実に何年かぶりの休暇なのに。 ジェノバだかセフィロスだかの思念体とのごたごたが終わってなべて世はことも無し、社長の星痕も治ってバンザイだと思っていたのに。 この思念体は昇華したんじゃなかったのか。それがなにごともなかったかのようにキレイな顔をして自分の前に姿を現し、あどけないくせに妖艶な小悪魔のようなその薄い唇が、朝の光注ぐベッドルームでこともあろうに『セックス』なんていう単語を吐くとは……。 絶句してしまったレノに、カダージュが怪訝な視線を向ける。 「あ、あのさ、その質問に答える前に、俺の方も質問していいか?」 「それに答えたら、ボクの質問に答えてくれる?」 「ああ」 「じゃ、いいよ」 あらためてベッドにふんぞりかえって胡座をかくカダージュの前に椅子を持ってきて逆向きに置き、背もたれを抱えるようにして足を開いて座る。捲り上がったバスタオルの間から見えたものにカダージュの目が一瞬吸い寄せられたことにレノは気付かなかった。 「おまえ、クラウドにやられて死んだんじゃなかったのか?」 「わからない。ボクはそもそも思念体だから、生きるとか死ぬとかいう概念がない。兄さんと戦って負けたのは覚えてるけど、そのあとはどうなったかわかんないし、気がついたらここにいた」 「ここ、って俺んちのベッドルームに?」 「じゃなくて、この場所……ヒーリン?」 「いつ」 「昨日の夜……だと思う」 「ふーん」 ビールを一口飲む。ごくんと動く喉仏に、逸らされていたカダージュの目が再び吸い寄せられる。 「おまえ、仲間がいただろう。兄弟? あの2人はどうしたんだ?」 「知らない。ボクはひとりだった」 「どうして生き返った……っていう言葉もヘンだけど、ここに来たんだ? おまえ、セフィロスだったんだろ?」 「前はそうだった。ボクの中には確かに彼がいたし、彼を感じていた。でも―――」 不安げに床に落ちるカダージュの表情を、首を傾げるようにして見上げるように追う。 「今はわからない。彼を感じないし、母さんを欲しいとも思ってない」 それがどういうことなのか、レノにはわからない。カダージュが自分自身ここに存在していることにはっきりとした理由を見つけられない不安を、レノにはわかってやることはできない。 「ボクの質問に答えてよ」 「あ? あ、ああ……えーと」 いきなりの立場逆転に、少々狼狽えて明後日な方向を向きながらぼりぼりと頭をかく。 そもそもどう答えればいいんだ。子供に性教育するように教えろと言うのか。そうだ、だいたいどうしていきなりこんなことを聞いてくるんだ。 「おまえ、なんでそんなこと聞きたいんだ?」 「社長が言ったんだ。『初めてのセックスは良かったか?』って」 ゴットーーーーーン!!「いてっ!!」 手に持っていたビール瓶は、その拘束の力から解放された途端、自然の法則に従って落下し、ほぼ真下に置かれていたレノの素足を直撃した。 「しゃ、社長が初めてのセックス? 良かったかってそりゃおまえ……」 「いいかって聞かれても、セックスってなんのことなのかわかんないし」 混乱して動転しているレノの顔色など意にも介さず、カダージュはぶつぶつと独り言のように文句を言う。人形のように白い顔が幾分赤くなっているのは、昨夜の記憶を反芻しているからだ。 カダージュの言葉から、この少年とルーファウスの間になにがあったのかを容易に推測できたレノは、ついつい下世話な想像をしてしまった。レノとて健康な成人男子、タークスという職業柄色恋事には縁遠くても、その手の欲求は人並みだし経験だってかなりのものだと自負している。 だが、このカップリングは予想外だ。ルーファウスが男色だとは聞いたことがないし、その相手が人外のものだというのも驚きだ。ツォンさんは今頃気付いているんだろうか―――気付いてるんだろうな。あっちの現場も見てみたかったが、今は目の前のこの思念体だ。 「ど、どっちが男役だったんだ?」 興味本位が先に走り、思わず出た疑問にカダージュはきょとんとした表情を返すだけだった。 そうか! セックスがなにかもわからなければ、男だ女だというのもわかんないってことなのか! 質問の方向を変えよう! 「社長は他に何か言ってなかったか?」 鼻息荒く問いかけるレノは、すでにただののぞき趣味丸出しなオヤジである。 「えーと……激しくするなとか、ゆっくり動けとか」 うっわああぁぁ〜〜〜。そりゃあおまえ。 「で、社長はどんな感じだった?」 「辛そうだった……ような気がする。初めてだから乱暴にするなと言われたのに、怪我させちゃったみたいだから」 決定だ。 「なにがなんだか、ボクには全然わからなかったんだ。社長がどうしてボクにあんなことしてくれたのかわからない。社長を殺そうと思ってあそこに行ったのに、社長はボクをすごく気持ちよくさせてくれたんだ」 ご奉仕社長―――レノの頭の中に妄想がすごい勢いで渦を巻く。ルーファウスに言われるままに彼をひとりにした途端、命を狙う刺客が侵入してきているという事実はとりあえずあっちへ置いておく。 ゆらゆらと彷徨うカダージュの視線が次第に一箇所に引きつけられていくことに、レノはようやく気がついた。 椅子を跨いで大きく開かれた自分の脚の間。先ほどからの下世話な妄想ですっかり元気になっている欲望の証は、湿り気を帯びたタオルの重みなどものともせずにその存在を主張していた。 吸い寄せられるようにそこから目を離すことができず、おちつかなげに乾いた唇を舐めてはごくりと生唾を呑む思念体の少年は、間違いなく発情しているのだ。 ルーファウスは、どんな風にこの少年を誘ったのだろう。あの傲然としたルーファウスが、いったい彼にどんな艶姿を見せたというのだろう。 この人外のものに、人間らしい欲望を植え付けることができるほどの鮮烈ななにかを、ルーファウスはカダージュに与えたのだ。 自分も知らないルーファウスの姿を、この少年は見ている。 「なるほどね……」 ゆらりと立ちあがったレノの全身から、獣のようなオーラが立ちのぼる。 戦闘時とはまた違う、だが凶暴性を帯びたその色に、カダージュはわずかに驚きながらも見蕩れていた。 (2007/2/1up) |