この話は、LoftRoomさま「LOVE ME TENDER」の続きとして書かれたものですので、先にそちらの方をお読みいただかないと、話が通じないようになっています。 ぜひとも前提話をお読みいただいた上で、お楽しみいただければと思います。
なお、本編(笑)の方はカダルーえちーシリアスですが、こちらの番外編はツォンとルーのお笑いですので、あらかじめご了承ください。

→ まず本編『LOVE ME TENDER』を読む


Intermission


 「どういうことか、説明していただきましょうか」
 朝のまぶしい光が射し込む部屋。
 ドアを開けた途端、信じられないものを目にして固まった忠義心あふれる黒髪の男は、目の前にいる主人に向かって低く静かに恫喝した。


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 昨夜この主人は、部下である自分たちに頑強に休暇を取らせた。数年に渡り、24時間365日ひとりの夜を過ごしたくても過ごすことのできなかった日々に、若い彼が不満を爆発させることはなかったが、それを望む気持ちは理解できなくもない。患っていた星痕が跡形もなく消え失せ、未だ体力は充分でないとはいえ健常な身体を取り戻した彼が、少しでも我々の監視と束縛から逃れたいと思った上での休暇命令だとわかっていた。
 我々タークスの宿舎は、この人の居る建物から数分しか離れていないし、ボタンひとつで緊急を知らせることのできる設備も整えてある。人の殆ど訪れることのないこの土地で、たった一晩の開放を許すぐらいかまいはしないだろうという主人の言葉を、自分に言い聞かせた。
 そうして眠りの浅い夜を過ごし、いつもの起床時間を待つのももどかしく主人の眠る寝室の前に立ち、時刻を確認してからノックをした。
「ルーファウス様。起床のお時間です」
 だが、部屋の中から応えの声は無かった。
 深呼吸して逸る鼓動を無理やりに押さえ込み、震える手でもう一度ドアを叩く。すると、部屋の中からくぐもった声がした。
「失礼します」
 返事を待たずにドアを開けた。次の瞬間、自分の目に飛び込んできたものが信じられず、その場に立ち尽くした―――


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 この地方には珍しく、今日の天気は快晴。さわやかな朝の光は、何者も差別することなく世界に均等に降り注ぐ。
 寝室のカーテンはなぜだか中途半端にひかれていて、まぶしいほどの光を遮ることなく部屋は健康的な明るい白に満ちていた。
 ツォンがドアを開いたせいでわずかに立った埃が、射し込む光の線をくっきりと見せる。

 ルーファウスは、ベッドの上にいた。クッションのいい枕に顔を半分埋め、子供のように身体を丸めて眠っていた。
 ツォンのノックに起こされたようだが、意識は未だ現実と夢の狭間を往き来しているらしく、枕に隠れていない方の目だけがわずかに開いてはいるものの、焦点を結ばずにぼんやりとしている。
 怪我と病に苦しめられていたときですらこのような無防備な姿を部下にもさらすことの無かったルーファウスの寝姿だが、ツォンが驚いたのはそんなことではなかった。
 ルーファウスが身体に巻き付けているシーツは、昨夜自分がベッドメイクしたものだ。クリーニングから戻ってきたものでマットレスを覆った。シミも汚れもなく、ピンと糊がきいていた。
 それが、今。
 ぐしゃぐしゃに乱れていて、糊がかけられていた痕跡がまるで見えない。それだけならまだしも、白いモノやら赤黒いモノでひどく汚れている。寝る前にシャワーをしたはずのルーファウスの金髪も同様にぐしゃぐしゃで、寝ぼけた顔には疲労の色が濃い。ふと見ればベッドの下にルーファウスのパジャマが脱ぎ捨てられている。ということは、あのシーツの中身は全裸なのか。
 そこまで条件が整えば、昨夜このベッドでなにが行われていたのかわからないはずがない。

「ルーファウス様!」
「ん……なんだ?」


「いったい、どこの女性を連れ込まれたんですか!?」


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 ツォンの思いがけない言葉は、昨夜の疲れが抜けない頭ではなかなか理解できなかった。こいつはなにを言ってるんだ?
 怒りに血を昇らせているツォンの顔をぼやけた視界におさめ、昨夜のことを思い返してみる。

 カダージュとセックスをした……はずだ。けれど見える範囲に彼の姿はなく、気配も感じない。帰ったのか消えたのか、いずれにしろこの部屋に彼はいない。
 彼とのことが夢だったのかもしれないとも思ったが、全身に残る倦怠感と筋肉痛と固まって動かない関節、それになにより裂傷を負っているらしい局部が訴える疼くような痛みが脈動と共にその存在を主張し、昨夜の行為が夢ではないのだと私に告げている。
 痛みの不快感もさることながら、自分がくるまっているシーツや寝台そのものがカダージュの放った精液やら自分の出血やら2人分の汗やらで汚れていることも思い出した。そういえば、この言い訳をどうしたものかと思いながら昨夜は意識を失ったのではなかったか。ツォンに見つかる前に自分でこの始末ができるなんて思わない。そんなことをするぐらいなら、くどくどとした説教を聞く方がマシだ―――そう思ったのだった。
 そして今、まさにその説教が始まる瞬間なのだ。

 だが、待てよ? 今し方ツォンはなんと言った?
『どこの女性を連れ込まれたんですか!?』
 ―――女性? 連れ込んだ? 私が? 女性を?

 なぜそうなる?

 寝ぼけた頭の中にクエスチョンマークだけが増殖する。
 なんと言えばいいのかわからない私のことをどう勘違いしたのか、ツォンは勝手に先を続けた。
「相手の方はどちらにいらっしゃるんですか? このロッジにはいらっしゃいませんね。まさか、ひとりで帰されたんですか?」
 イライラと歩き回るツォンの姿を、伏せていない片目だけで追う。
「そりゃあ怪我だの病気だので欲求不満が溜まっていらっしゃったことでしょう。気付いてさしあげられなかったのは申し訳ないと思いますが、だからといって私たちに閑を出してまで女性を呼びつけずともよろしいではありませんか。言っていただければ、私の方で身元も確かで口の固い女性を手配いたしますのに。いったい、どこの娼館から呼ばれたんですか?」
 ―――だんだん見えてきた。
「汚れ物の後始末もしないで帰るなんて、あまり良い教育を受けていないようですね、その女性は……うん? それは出血のシミですよね……ということは、その方は処女だったんですか!? うーん、ルーファウス様が初めての客だというなら、そこまでの始末を要求するのは荷が重かったのか……」
 ―――だんだん面白くなってきた。
「はっ、それともルーファウス様、素人の処女を連れ込んだんですか!?」

「あほう! いくら私でも、素人の処女に手を出したそのあとにひとりで帰すような真似をするわけがあるか!!」

 紳士の私に対してなんたる暴言か!
 あまりに頭に来たので、ついガバリと起きあがって怒鳴ってしまったが、途端に腰と局部に激痛が走り、うっと呻いて腰に手を当て、そのままぽすりと枕に沈み込んだ。
「い、……っつ……」
 痛みに顔を歪める私に、ツォンが心配そうな表情で近寄ってきてベッドの横に屈む。そして。
「ルーファウス様、やりすぎです。まだまだ本調子ではないんですから女性に見栄を張ってそんなにムリをなさらずとも」
 若さを過信せずに加減しろとか、次からは自分が女性を手配するとか、好き勝手なことを言うツォンの説教を聞きながら。
 痛む腰をゆっくりとさすりつつ、言いたい言葉はぐっと胸の中にしまい込んだ。


―――私は一度も達っていないのだ―――




  
おしまい


(2006/12/19up)



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