謎のカダルーリレー小説 これまでのおはなし(笑)

1: 『LOVE ME TENDER』
2: 『Intermission』
3: 『Intermission Part2』
4: 『ピーク果てしなくソウル限りなく』
5:『変な夢』
6:『HAPPY SWING』



ACID HEAD



「じゃあ、その資料は至急手配するから、あとはそちらで頼むぞ」
『了解しました。ゆっくりでかまいませんからね』
「リーブ、私はできるだけ急いでもらいたいのだが?」
『あ、ああ、そうですね。ですが社長、あまりご無理はされませんよう』
「わかっているさ。おまえもだんだんツォンに似てきたな。あまり心配しすぎるとはげるぞ」
『あははは。私の方はご心配には及びませんよ。そんな暇も相手もありませんから。それでは、また後日』

 通話を終え、ルーファウスはがちゃりと受話器を電話機に戻す。
 リーブの対応がどうも腑に落ちない。歯切れの悪さが気にかかるが、具体的にどこがどう気になるのかわからない。とにかく、リーブがやけにこちらの体調を心配している様子がうかがえる。
 星痕がこの身から消え失せて以来、特に体調が悪いということはない。怪我の後遺症であるとか極端に落ちてしまった体力の回復が遅い等の懸念はあるものの、それでも星痕症候群を患っていた頃に較べれば、遙かに体調はいい。
「社長、どうしたの?」
 机の傍らでノートを広げていたカダージュが、ルーファウスの顔をのぞき込みながら聞いてきた。リーブのことを考えていて手が止まっていたことに不審を覚えたのだろう。
「いや、なんでもない。どうした。どこかわからないところでもあるのか?」
 まあいい。もうすぐクラウドがここへやってくるだろう。WROに渡す書類を届けさせるため、あらかじめツォンにクラウドを呼ぶように言いつけてある。
 それまでの短い時間、この少年の相手でもして過ごすか。
「やっとけ、って言われた宿題が終わったんだ。見てくれる?」
「ああ、私もちょうど一区切りついたところだ。たまには見てやろう」
 そう笑いながら少年のノートへ手を伸ばすと、カダージュは嬉しそうにルーファウスのそばへ寄ってきた。
 最近は仕事が忙しく、カダージュの勉強はタークスに任せ気味になっていた。カダージュがそれに文句を言うことはなかったが、それでもかまってもらえないことには欲求不満を感じていたらしく、先日の夜は実にねちっこく身体を貪られたりもした。回数を重ねるごとにカダージュのテクニックもそれなりに上達し、ルーファウスの好みに合わせていろいろと応用技を仕掛けるようになってきている。逆にルーファウスの方がカダージュに慣らされてきたと言えなくもないが、そう考えることはルーファウスのプライドが許さなかった。
 激しく求められた翌朝などは腰が立たないこともあったが、微々たる速度とはいえ日々戻りつつある体力のおかげもあって、熱を出して何日も寝込むということはない。
 これも、幸せというのだろうな、と思う。たとえつかの間の、泡のように儚い一日なのだとしても。
「ほう、ひらがなとカタカナは殆ど完璧だな。簡単な漢字も書けるようになってきたか」
「書くよりも読む方が得意だな、ボク」
「それは誰でもそうだ。国語の教科書はワンランクアップしてもよさそうだな。計算はどうだ?」
「繰り上がりはなんとかわかるけど、繰り下がりがよくわからない」
「まあ、おまえに経理をさせようなどとは思っていないから、数字が読めて簡単な計算ができるようになれば問題はないだろう」
 ルーファウスに褒められて、カダージュは心の底から嬉しそうに破顔した。無邪気に笑う少年は、ジェノバを巡っての事件があった頃とはすでにまったくの別人である。
 そんなカダージュに接するルーファウスの方も、なぜだか自分がこの思念体の保護者にでもなったかのような庇護欲を感じていた。

「ルーファウス様。クラウドが参りました」
「ああ、わかった。通せ」
 カダージュがロッジに入り浸ることにいまだいい顔をしないツォンが、その苦い思いを寄せた眉間でのみ主張しながらクラウドの来訪を告げた。すでに幾度もここを訪れ、勝手知ったるクラウドは遠慮も何もなくルーファウスの居室に姿を現した。
「あ、」
 そこにカダージュの姿を見つけ、一瞬足を止める。その微妙な間はエンカウント時の緊張したそれではなく、言うなれば「まずいところに来てしまった」というとまどい。秘密の逢瀬を楽しむ2人の現場に、その気はなかったのに偶然居合わせて覗き見てしまったかのような落ちつかなさ。
 倒したはずのカダージュがなぜだか甦り、ルーファウスの元に頻繁に姿を見せていることについてはクラウドも知っているはずの情報だ。なのに、この反応はいったいどういうことなのだろう?
 目のやり場に困ったかのようにうろうろと視線を彷徨わせ、わざとらしくカダージュの方を見ないようにしてクラウドはルーファウスの方へ近づいてきた。
「クラウド?」
「いや、すまん。仕事だと聞いてきたんだが……配達か?」
「ああそうだ。この荷物を、WROのリーブのところへ届けてもらいたい。至急だ」
「WROだな。わかった」
「報酬はいつもの通り、そちらの口座へ振り込ませてもらう」
「了解だ。……なあ、ルーファウス」
 預かった荷をもじもじと握りしめながら、クラウドが言いにくそうにルーファウスの顔を上目遣いにのぞき込む。
「なんだ?」
「体調は……その、いいのか?」
「は?」
「い、いや、その、無理してないか?」
「無理なんかしていないが」
「そうか、ならいいんだ、うん」
 もごもごと言いよどむクラウドに、だんだんいらいらしてくる。こいつはもともとはっきりものを言う方ではないが、それでも最近はずいぶんちゃんとしゃべるようになってきていた。
 にもかかわらず、この歯切れの悪さはなんなんだ。

 ―――歯切れが悪い?

 ついさっきも同じようなことを考えなかったか?
 そうだ、確かリーブとの電話のあともそんなことを思った。
 なぜだ。なぜ2人がほぼ同時に自分の体調を気遣うような発言をするのだ。


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「社長、ただいま戻りました! 体調は大丈夫ですか?」
 3日ほど地方へ情報収集に出かけていたイリーナがヒーリンに戻りルーファウスに報告に来た第一声。
「おまえまでそれか!」
 あまりのタイミングに少々キレたルーファウスが、思わず大声を出したのでその場にいたクラウドもイリーナも、カダージュまでもが固まってしまった。
「え? え? なんですか? わたし、なにか変なこと言いましたか?」
 クラウドとカダージュの顔を忙しなく交互に見ながらイリーナが狼狽える。もちろん、2人にも心当たりはない。ルーファウスの興奮した様子に驚いて、目を見開いてぶんぶんと首を横に振るばかりだ。
「どうして誰も彼もが口を開けば私の体調ばかり気にするんだ! 星痕で寝込んでいたときならいざ知らず、最近は熱だって出していないんだぞ! なのに、リーブもクラウドも、出張に出ていたイリーナまでもがどうして私の体調のことを心配するんだ!?」
「ああ、それは」
 合点のいったイリーナとクラウドが目を合わせ、揃ってその目をルーファウスの方に向け、次にその目をカダージュの方に向け、やがて揃って恥ずかしそうに俯いてしまった。
 まったく謎の行動だが、この2人の間では間違いなく意思の疎通ができている。素直に教えてくれない様子に腹は立ったが、どうやらカダージュが関係しているらしいことは予測がついた。
 ひとつ深く息を吸うと、胸を張り、ルーファウスはイリーナに
「言いたまえ。イリーナくん」
 と命令を出した。
 低い声に張りつめた空気が、その場の支配者がルーファウスであることを示す。
 上司の顔で有無を言わせぬ口調でそう言われて、イリーナは思わずびくりと身を竦めた。反論どころか質問すら許されない絶対的な命令口調に、背中に冷たい汗が伝う。
「えーと、あの、ですね……」
「質問には、はっきりと答えたまえ!」
「はっ! 実は、メールが送られてきたんです!」
「……メール? 誰から?」
 思いがけない返答に、ルーファウスの緊張も緩む。その緩んだ空気のまま、イリーナの目が目の前の上司から逸らされてその横にいる少年の方へと向いた。
「カダージュ……?」
 きょとんとした思念体は文句なくかわいいが、彼がいったい何をしたというのか。どうやら本人もわかっていないらしい。
「おまえ、イリーナにメールなんか送ったのか?」
「うん、送ったよ」
「どうやって」
「社長がこの間携帯くれたじゃん。ちゃんと数字を覚えたご褒美に、って」
 ああ、そういえば……渡したその日にレノやルードとデータ交換して喜んでいたカダージュの姿を思い出した。
「マリンとデンゼルが『メールは字を覚えるのにぴったりだ』って教えてくれたんだ。だから、いっぱいメール書いて、いっぱい送った」
「いっぱい? イリーナだけじゃないのか」
「違うよ。兄さんにも送ったし、レノにもルードにも送った。あと、猫のおじさんとか、片腕のおじさんやティファやヴィンセントにも。ツォンだけはメルアド教えてくれなかったから送ってないけど」
 いったいいつの間にリーブだけでなくアバランチのテロリストどもとまでアドレス交換したんだ!
「マリンとデンゼル、といっていたな……そんな子供ともメール交換しているのか?」
「いや、子供には携帯を持たせていない」
「おまえに聞いてるんじゃない! そもそも、おまえもどうしてこんな思念体と平気でアドレス交換なんかするんだ、クラウド!」
「俺に当たるなよ。すごく無邪気な顔でスキップしながらセブンスヘブンに現れて、『社長にもらったんだー』とか嬉しそうに携帯見せびらかされたら、アドレスの交換ぐらいしてやらないと可哀想だと思うだろうが!」
 スキップする思念体……そんなに嬉しかったのか。
「ちょうどヴィンセントも携帯買ったばかりで、2人で楽しそうに携帯いじくり回してたぞ。メールの使い方なんかも、ヴィンセントがマニュアルを読んでやったんじゃないのか」
 自分だけが特別だと思っていたのに、いつのまにかタークスの連中(ツォンを除く)と仲良くなりセブンスヘブンに出入りするようになっている。いくら世界の敵ではなくなったとはいえ、これはあまりにも溶け込みすぎなのではないか。
 自分の知らないところでどんどん世界になじみ、受け入れられていくカダージュに、ルーファウスが自分でも気づいていなかった独占欲が刺激される。

「で、そのメールがなんだって?」
 もやもやする感情の処理はひとまず後回しにするとして、今はこちらの問題点の究明が先決だ。
 話の論点がずれかかっていることにほっとしていたイリーナだったが、やはりルーファウスはそう甘くはなかった。諦めて、顔を俯けて口を開いた。
「ええ、ですからカダージュからメールをもらって、それを読んだら社長の体調が気にかかってしまって仕方なかったんです。あ、でも今お顔を見たら、全然大丈夫そうなので安心しました!」
 イリーナ、フォローになってない! ―――と思ったが、どう口出ししていいのかわからず、クラウドはただ黙っているしかなかった。
「カダージュ。携帯を寄越せ」
「え、なんで?」
「送ったメールとやらを見せてみろ」
「うん、いいよ」

 いいよとかいうなこのあほしねんたい〜〜〜!!!

 ―――というクラウドとイリーナの叫びはもちろん声にならなかった。ただ、真っ青な顔でぱくぱくと口を開けたり閉じたりして、何とかルーファウスが思いとどまってくれないかと祈るばかりだ。
 が、もちろんそんな望みが叶うわけはない。


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ここから、カダージュのメール文章になります。R-18です。
画像が入っていますので、IE推奨です。本文中をクリックし、↓キーで送ると読みやすいかと思います。
画像が壊れる、スクロールしにくい、という方は「2」の方をごらんください。


イリーナ達と同じ気分が味わえるかと思います(笑)。
「こんなの読めない!」とおっしゃる方は、始めの5行ほど読めば続きの意味は通じます。


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「携帯メールでこんな長文を送るな!」

 社長、突っ込みどころはそこなんですか!?
 クラウドとイリーナの目が丸くなる。

「だいたい、私は4回も達っていない。3回だったはずだ」
 そこも突っ込みどころなんですか!?
「えー、だって、いち・にい・よん、でしょ?」
「あほう! いち・に・さん、だ! 算数を1からやりなおせ!」
「あれぇ? そっかぁ」
 それでいいのか!?

「そもそもこんな長文メールをひらがなとカタカナだけで送るのはパケット代のムダだ。漢検8級程度の漢字が使えるようになるまで、携帯メールは禁止だ」
「ええーーー!」
 抗議の声を上げるカダージュに、ルーファウスは「そのかわり」と提案を出した。
「普通の手紙にしろ。紙に、字を書くんだ。その方が国語の勉強になる。書き上がったら、自分で届けに行けばいい」
「あ、そっか。わかった、社長。ありがとう!」
 喜んで抱きついてくるカダージュを受け止めてやるルーファウスの姿に、2人は何も言うことができない。特にクラウドの方は、パケット代をけちらずにパケホーダイにしてやれよとか、書いた手紙を自分で届けさせずにちゃんと配送屋を儲けさせてやれよとか、もういろいろと突っ込みたくて仕方がない。
 退場することすら忘れてそこに立ちつくす2人にルーファウスはひらひらと手を振り、
「どうした、2人とも。早く仕事に行け」
 と素っ気なく言い放った。

 カダージュとの性生活が容赦なく暴露されていることについては何も感じないのだろうか―――
 クラウドとイリーナは釈然としないまま、ルーファウスの執務室を追い出された。
 背中で閉じられた扉の向こうから、途切れ途切れにルーファウスの声が聞こえてくる。
「あ……から、……ろと……の……まっから……カダージュ!」
 大騒ぎしていた音は、やがてルーファウスの高い嬌声に変わる。



 明日あたり、カダージュが長い長い手紙を配達して廻るに違いない。
 2人は再び目を合わせ、深く深く溜息をついた。

「読める字だといいけど……」




(2007/2/16up)



最終回『LONE WOLF』 へ続く……(笑)