LoftRoomさまとの謎のリレー小説(笑)。ついでに、セットリストタイトル企画相乗り作品でもあります。
順番に読まないと話がわかりませんので、お読みでない方はこちらからどうぞ。

1: 『LOVE ME TENDER』
2: 『Intermission』
3: 『Intermission Part2』
4: 『ピーク果てしなくソウル限りなく』



変な夢


 ―――誰か、これは夢だと言ってくれ―――



 この数日間、ツォンは自分の目の前で起きていることがどうしても信じられずにいた。
 どうして、このヒーリンに、それもこのロッジに、しかも主人の執務室に、時にはその人のベッドルームに。

 この銀髪の思念体の少年の姿があるのか。

 最初、ルーファウスからドア越しにあるモノを用意しろと言われたとき、まず自分の耳を疑った。
 なぜ、そんなモノが必要なのか?
 大量の疑問符を抱えながらも、彼の意向に沿うべく目的物を用意して部屋に入ると、そこに「アレ」がいたのだ。
 一瞬のうちに戦闘態勢に入るツォンに、本能的に警戒態勢に入るカダージュ。2人の間に緊張した空気が張りつめる。ルーファウスは片手をひらひらとさせて害はないことを伝え、はじけば切れそうな緊張の糸を容赦なくぶっちぎった。
「ああ、大丈夫だツォン。そんなに威嚇するな。これはもう敵ではない」
 は、なんと仰いましたか、ルーファウス様!?
「それより、指示したヤツを持ってきたんだろう? 寄越せ」
 事態がまるで飲み込めず、呆気にとられているツォンのことなど気にもとめず、ルーファウスはツォンの手から薄い本を奪い取った。ぱらぱらとめくりながらひとつ頷くと、傍らのカダージュに最初の方のページを開いて示す。
「カダージュ。これを読んで数の勉強をしろ。わからないことがあったら、誰にでも聞け」
 ルーファウスから小学生用の算数の教科書を渡され、カダージュは不思議そうな表情で開かれたページを隅から隅まで眺めた。
 が、すぐに教科書から目を上げてルーファウスを見る。
「ねぇ社長」
「なんだ」
「ボク、読めないんだけど」
 一瞬絶句したルーファウスは、だがすぐに立ち直り。
「ツォン!」
「は、はいっ」
 その場にでくの坊のように立ちつくしているツォンは、ルーファウスに名を呼ばれて条件反射で背筋をただした。

「小学生用の国語の教科書を用意しろ……」


*******************


 それから毎日カダージュはルーファウスの元に通ってきた。仕事をするルーファウスの横で国語と算数の教科書とノートを広げ、左手に握っていた剣を鉛筆に持ち替えて、たどたどしい字で勉強をしている。
 新しい知識を吸収することがよほど面白かったのか、カダージュの知識欲は旺盛だった。人間としての成長の記憶を持たない思念体にとって、文字通り教科書は知識の宝庫だ。それがたとえ小学生用のモノであっても。
 基本的にはルーファウスが教師役をしていたが、多忙で相手をしてもらえなさそうなときなどはその場にいたタークスにも素直に教えを乞うた。子供のような純粋な目で質問をしてくるカダージュに、ツォン以外の3人は好意的に接した。
 なかでもレノなどはどういうわけかカダージュにえらく入れこんでいるのがツォンには不思議で仕方ない。
「あいつは結構こっちが教えたことをちゃんと素直に聞いて身につけているんだぞ、と」
 と得意そうに胸を張るが、レノがカダージュに何を教えたのかはもちろんツォンは知らないので、レノの自信の根拠がどこから来るものか理解できず、首をひねるばかりだ。
「あら、だってカダージュかわいいじゃないですか」
 いつの世も、女の子はかわいいモノに惹かれるのか。イリーナは邪心無く懐いてくるカダージュの頭を胸に抱き込んでぐりぐりと撫で回している。振り回されているカダージュの方も、自分の頭に押しつけられる柔らかい胸の感触に、頬を赤く染めながらもまんざらでもないらしい。
「あいつの強さは保証付きだし、上手く仕込めば社長の護衛として役に立つんじゃないですかね」
 いつの間にかツォンの横に立っていたルードがぼそりとつぶやいた。サングラスの奥の目が穏やかだったのを、横にいたツォンは信じられないものを見た目つきで見た。
 ルードの柔らかい視線の先で、カダージュとイリーナが戯れ、それをレノがからかい、ルーファウスが「うるさい、仕事のじゃまだ!」と怒鳴る。
 ちょっと前までは想像することもかなわなかった幸福な風景。

 自分だけがこの状況になじめない。
 ツォンは焦り、悩み、途方に暮れて携帯を取り出して登録してある電話のひとつを選び出すと、すがるような思いでボタンを押した。


*******************


「まるで、ヒーリンのあのルーファウス様のロッジを学校と勘違いしているとしか思えないんですよ!」
 手に持ったグラスをどん、とテーブルに置く。半分ほどに減っているグラスの中で氷のかけらが跳ね、茶色い液体が滴をテーブルに散らせた。叩きつけた勢いの殆どはツォンの腕が吸収したとはいえ、あまり深さのないグラスにはそれですら十分に衝撃だ。
「ツォン、落ち着け」
 テーブルを挟んでツォンの正面に座る男が、呆れたようにツォンをなだめる。その手には、ツォンと同じく茶色い液体を湛えたグラスがある。
「落ち着け? わたしのどこが落ち着いていないと言うんですか! わたしは常に冷静で落ち着いていますよ! タークス主任なんですから」
「主任ねぇ……」
「ルーファウス様もそうですが、レノもルードもイリーナも信じられませんよ。どうしてああもあっさりあの思念体の存在を受け入れるんですかね? そりゃ本能でしか生きていないようなヤツだから、あいつにルーファウス様を害そうとする意志が無いことはわかりますよ。だからといって、一度はわたしやイリーナを瀕死の拷問にかけたようなヤツですよ!? それなのに、わたしを仲間はずれにして和気藹々と五十音やら足し算引き算の話に花を咲かせているんですよ!? 信じられますか? 信じられないでしょう!?」
 そこまで一気に言うと、ツォンは手の中のグラスを握りしめてから残りを一気に喉へと呷った。
 ごくりと飲み干し、軽く溜息をついて空になったグラスを男の方へとぐいとさしだした。

「ヴェルド主任、ウータイ茶のお代わりをください」

 ……こいつにタークスを任せたのは、もしかしたら間違っていたかもしれない―――ヴェルドは思わずがっくりと肩を落とした。
「わたしの育て方が間違っていたんですかねぇ……ルーファウス様も、レノたちも」
 フェリシアに淹れてもらったお茶のお代わりを飲みながら、ツォンがヴェルドにくだを巻く。グラスを握ったままテーブルに懐くツォンは、すでにぐだぐだだ。
 今や貴重なウータイ産の高級茶葉をこいつになんか出すんじゃなかった。
 ルーファウスを育てたのも、イリーナはともかくレノやルードをタークスとして育てたのもツォンではなく自分だ。
 間違っていたのはツォンではなく、ツォンの育て方だ。

 宙を仰ぎ見たヴェルドの視線の先で、プレジデントがイヤミのように笑っていた。それが見えるようでまた嘆息してうつむいた視線の先で、アルコール度0%の高級ウータイ茶をぐいぐいと呷るツォンが、恨みがましい目つきで「主任、聞いてるんですか!?」とヴェルドに絡み続けている。


 社長、これは悪い夢だと言ってください―――


 歴代タークス主任は、不遇な夢を見る。
 だが、もちろん誰も助けてはくれない。



(2007/2/9up)



→ 「HAPPY SWING」 へ続く