Midgar Junction サンプル


 ―――ここは、どこだ―――


 最初に気がついたのは、ほおに当たる冷たいコンクリートの感触だった。失われてぼやけていた意識が次第に覚醒してくるにつれ、自分がどういう状態でいるのかが掴めてくる。
 目を閉じているため周囲の様子は見えない。だが、自分以外に人の気配はなく、流れていない空気の澱みからどこか建物の中にいるのだということがわかる。
 堅いコンクリートの床に、俯せに寝かされている。いや、転がされているといった方が適切だろう。そっと指を動かしてみる。無事一〇本ともちゃんと動いたので、ホッとする。続けて足を動かそうとしてみたが、どうやら靴を履いたままのようで、下手に動かすと自分の意識が戻っていることに気づかれる可能性があるので諦めた。
 肉体の隅々まで意識を集中させてみるが、特にひどい痛みを感じないのでどうやら怪我をしているということは無いようだ。少し頭痛がするが、これは襲われたときに使われた薬のせいだろう。腕も足も拘束されている様子はない。目隠しをされてもいない。
 思い切って、少しだけ目を開けてみる。自分が転がされているこの部屋には弱い灯りがあり、予想していたような暗闇ではなかった。薄目のまま、やはり用心深く眼球だけを動かして室内の様子を探る。
 視界に映る範囲内には、何もなかった。コンクリートの床とコンクリートの壁。耳を澄ませてみれば、そこは全くの無音ということはなく、わずかに機械の振動する気配があった。

 ここはどこだ。
 わたしは、なぜこんなところにいるのだ。

『気がついたかね。タークス』

 張りつめた沈黙が支配していたその場に突然響いた声に、気配を殺していたツォンはびくりと身体を硬直させた。声には電子ノイズの混じった機械的処理が施されていて、ひどく不愉快で耳障りだった。
『おとなしくしていれば、命までは奪いはしない。安心したまえ』
 こちらからは相手が見えないが、むこうからはこっちを見ることができるのだろう。意識が戻っていることに気づかれたのなら、これ以上気配を殺している必要はない。
 ツォンは目を開き、その場に身体を起こした。服のほこりを払うふりをして全身を確認する。携帯していた拳銃は、もちろん無かった。
 ぐるりと室内を見回してみる。コンクリートに囲まれたその部屋には窓はなく、現在が昼なのか夜なのかもわからなかった。片隅にテーブルがあるが、椅子は無い。一方の壁一面に複数のモニターが嵌め込まれているが、今は何も映していない。

「ここはどこだ」
『まさか、まともに答えが返ってくるとは思っていまい』
 目に見えぬ誘拐犯に威嚇するように大声で問うてみるが、嘲笑の混じった声音で当然のような応えがあった。
 次第にはっきりしてくる頭で、ツォンはここに至る状況を可能な限り思い出そうと努めた。

 わたしは、どこでなにをしていたのか―――

(冒頭部分より)



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